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サラワクの歴史

更新日:2025年11月7日

ブルネイ支配時代(15世紀〜19世紀)

15世紀、サラワクは強大な海洋帝国であったブルネイ王国の影響下にありました。現地の部族はブルネイに貢納を行っていましたが、直接的な支配は弱く、内陸部の部族たちはほぼ独立した状態を維持していました。


ブルック王朝(1841年〜1946年)

1841年、イギリス人のジェームズ・ブルックは、クチン周辺で起きた反乱の鎮圧をブルネイのスルタン(王)に協力しました。その報酬として、ジェームズ・ブルックはサラワクの統治権を与えられました。

ジェームズ・ブルックと彼の後継者であるチャールズ・ブルック、ヴァイナー・ブルックは、100年以上にわたり個人主権者としてサラワクを統治しました。この間に、インフラ整備、貿易、行政の発展に努め、また現地部族との関係構築や外部勢力による搾取の制限にも取り組みました。


日本占領時代(1941年〜1945年)

1941年から1945年まで、サラワクは日本軍に占領されました。占領下で現地住民は過酷な状況に置かれ、抵抗運動も各地で勃発しました。これには先住民族グループや連合国の工作員による活動も含まれます。


イギリス直轄植民地時代(1946年〜1963年)

第二次世界大戦後、最後の「ホワイト・ラジャ」(白人王)ヴァイナー・ブルックは、サラワクをイギリス政府に譲渡し、1946年にサラワクはイギリスの直轄植民地となりました。この決定は多くの地元住民の反発を招き、政治意識の高まりと抗議運動を引き起こしました。


マレーシア連邦への加盟(1963年〜現在)

1963年9月16日、サラワクはサバ、シンガポール(後に離脱)、マラヤと共にマレーシア連邦に加盟しました。以降、サラワクは連邦内でも特別な自治権を持ち続けており、入国管理、土地、宗教に関する独自の権限を有しています。

現在、サラワクはマレーシアの重要な経済・文化拠点として知られ、豊かな民族多様性と自然資源、そして独自の先住文化を誇っています。


なお、サラワクは特別な自治権を持つため、連邦政府が運営する「マレーシア・マイ・セカンド・ホームMM2Hとは別に、サラワク独自のS-MM2Hビザプログラムを持っています。申請条件も連邦版MM2Hとは異なります。


サラワクで長期滞在を希望する方は、こちらでS-MM2Hプログラムの条件をご確認ください。


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